大阪・和歌山のきもの着付け教室・着物着せ付けなら『はん和きもの学院』『さくらきもの学院』へ
                            
【事例 1】

~着付を習って・・・
        私は講師の道へ~

    
① H25 習い始めたばかりのお出かけは洋服で参加
   一人洋服だったので恥ずかしかった
 次は着物で参加したいと強く思いました

              
② 初めてのきものを着てお出かけ
  自分で着れた事の喜びと、
  仲間入りできたようで嬉しかったです


      
③ H28 講師資格取得
  講師としてのこれからに期待と不安が
  沢山あったけど・・・。

  楽しくレッスンができたらと思います


【事例2】


~着付を習って・・・
  幸せな時間が増えました~ 
     
① 習ってみようと思った動機は?
  自分で着物を着てお出かけしたくて、
  習い始めました  
         
                                 
     
② 自分で着物が着れるようになった、今のお気持ちは?
  学院に行くのが楽しみでしかたがないです

      
③ 着付け以外の楽しみは?
  ドラムも自分を幸せにしてくれる、最高の時間です!


お問い合わせは

はん和きもの学院 0120-15-0291
   うめだ教室 0120-15-0291
さくらきもの学院 0120-15-3902

着物ブログ

着物ブログ

2016-07-07 15:42

はなびら通信


七夕祭り(7月7日)       本来は旧暦の7月7日の行事で2500年~3000年前の中国の古詩にある織の上手な織姫星と牽牛星の恋物語とそれから発達した乞巧奠(きっこうでん)の行事に日本古来の棚機津女(たなばたつめ、機を織る女性を日本ではこう呼んでいました)の信仰が交じりあって伝わっているものです。乞巧奠とは女性が機織や裁縫、書道の上達を願って行うもので五色の布を笹竹の間に張りその前に五色の糸を通した針を針山に差したり、糸巻きや綛の糸を飾り星に祈るというものです。在来信仰の棚機津女とは水辺の機屋で神に侍る神子で翌日村人は禊を行い神に穢れを持ち去ってもらうというものです。7月7日の夕方に行われたこの神事を7日の夕方=七夕をたなばたと言うようになりました。そしてこの星祭りは長い間貴族の間で書道の上達や恋愛の成就を祈る行事として行われていました。七夕行事が庶民の間に普及したのは江戸時代以降のことで江戸幕府が七夕を五節句の一つと定めたので、武士が行うようになり、やがて寺子屋や手習いの師匠を通じて庶民の間に広まりました。書道の稽古として七夕飾りの短冊に願い事を書きました。五色の糸が五色の短冊となりました。



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